幻想の角ウサギ「アルミラージ」と世界の伝承

見た目は愛らしいウサギ、しかし額からは鋭く光る一本角。
そんな不思議な姿を持つ幻獣「アルミラージ(Al-mi'raj)」をご存知でしょうか。
今回は、中東のアルミラージ伝承を中心に、世界各地に伝わる角のあるウサギたちをご紹介します。
アラビアの架空生物アルミラージ
アルミラージ(Al-mi'raj)は、13世紀のイスラム圏で書かれた博物誌「奇妙なる生き物と異国の事物」に登場する架空生物です。
著者はイスラム学者ザカリーヤー・アル=カズウィーニー。
世界の自然・動物・霊的存在を網羅的に記述したこの書物で、アルミラージは次のように紹介されています。
イチジクの島(ジャズィーラト・アル=ティーン)に住む小さなウサギで、額から一本の鋭い角を生やしている。
どんな猛獣でもその姿を見ただけで恐れて逃げ出す
アルミラージはただの珍獣ではなく、霊的な力と恐怖をまとった魔獣として描かれています。
ユニコーンのような一本角
アルミラージの最大の特徴は、その額に生えた一本角。
ユニコーンと同様、この角には魔力や毒、呪術的な力が宿っていると信じられていました。
他の動物を圧倒する力を持ち、飼いならすことは不可能。
攻撃的な気性で、見た目の愛らしさとは裏腹に、非常に危険な存在とされています。
仏教における「兎角」
角のあるウサギという存在は、「ありえないもの」の象徴として仏教にも登場します。
それが、「亀毛兎角(きもうとかく)」という言葉です。
「亀に毛があり、兎に角がある」。つまり、ありえない虚構。
この言葉は、実体のない妄念や執着を戒める比喩として、たびたび仏教経典や禅語に登場します。
仏教では、世界のあらゆる現象が「空(くう)」である、つまり実体がないと説かれます。
その真理を学ぶため「兎角」はまさに存在しないものの象徴として扱われていたのです。
世界に広がる「角ウサギ」伝説
アルミラージ以外にも、角のあるウサギは世界各地の伝承に現れます。
ただし、それらの多くは実在の動物の誤認や民間のジョーク、観光資源として創作された存在でもあります。
ジャッカロープ(Jackalope)
最も有名なのが、**アメリカ西部の伝説的生物「ジャッカロープ」**です。
- ジャックウサギ(jackrabbit)+アンテロープ(antelope)
- 鹿のような枝分かれの角が生えている
- 人間の言葉を真似する・ミルクを飲む・ウイスキーで酔うなどの逸話あり
- 実際のウサギにできるパピローマウイルス由来の「角状腫瘍」が起源という説あり
ジャッカロープは、自然現象とジョークが融合して誕生したアメリカならではの民話といえるでしょう。
ヴォルパーティンガー(Wolpertinger)
ドイツ・バイエルン地方では、*ウサギにシカの角、鳥の羽や牙などを合成した混成動物「ヴォルパーティンガー」*が語られています。
- 剥製職人が実際に「合成剥製」を作り、観光客向けに販売
- 架空の生き物でありながら、地元の伝統文化として定着
- ジャッカロープ同様*「本物を見たことがある」と語る人も多い*
ここでも、角のあるウサギ=幸運または不思議の象徴として扱われています。
百年生きた兎は角を生やす?
中国の道教や民間伝承にも、長寿を極めたウサギが角を持つという話がまれに登場します。
- 百年を生きた霊兎には角が生えると信じられていた
- 仙薬を作る月の兎の伝説も含め、ウサギは神聖な存在
- ただし、「角」に焦点を当てた言及は非常に少ない
こうした例からも、「角のあるウサギ」という発想は東アジアにも存在していた可能性がうかがえます。
小さくも謎めいた存在「角ウサギ」
アルミラージ、ジャッカロープ、ヴォルパーティンガー。
世界中に広がる角のあるウサギの伝承は、畏怖や風刺、さらには信仰を背景にしたような奇妙な共通点があります。
いかにも弱々しく無害に見えるウサギが、実は大きな力を秘めている。
そんなギャップにこそ、古今東西の人々が魅了されてきた理由があるのかもしれません。
- 2025.07.29