ペットショップでの生体販売規制による殺処分ゼロとの関連性

私たちはこれまで何度か「ペットショップでの生体販売を規制することで、犬や猫の殺処分数を減少させられる」という旨の記事を公開してきました。
これらはあくまでひとつの可能性を示すものであったり、そうした主張を紹介する意図でのものですが、実際のデータや有識者の議論を追うにつれ、この問題の複雑さを感じずにはいられません。
今回は、ペットショップでの生体販売規制や殺処分数への影響について、データを交えてご紹介します。
ペットショップでの生体販売規制の影響
結論から言うと、ペットショップでの生体販売規制が殺処分数減少にもたらす影響は「極めて限定的・短期的なもの」に留まるように思えます。
のちに紹介させていただく事例からもわかるとおり、「ペットショップでの生体販売規制」は殺処分数の減少というよりも「パピーミルの撲滅」や「動物福祉の向上」を目的とした施策といえます。
その点、日本には動物愛護管理法というものがあり、諸外国とは違った形で動物福祉の向上を目指しています。
そのうえで、環境省が公開している統計資料をみても日本の殺処分数はここ30年ほど減少しており、少なくとも一定以上の成果を上げています。
こうした点から、さらなる規制で伸びしろを見つけるのは難しいように思えてなりません。
一方、これはあくまで「殺処分数」に対する観点であり、動物福祉の観点からはまた違った見方もできます。
一面的な良し悪しでは測れない問題だからこそ、多様な価値観をあわせもった視点が求められる問題ではないでしょうか。
ここからは、諸外国における実際の事例をご紹介します。
ペットショップでの生体販売が禁止されたフランスの事例
昨年の2024年1月、フランスでは動物たちの遺棄、虐待を防止することを目的にペットショップでの犬・猫の店頭販売を原則禁止、さらに専門家以外のオンライン販売を規制する法律が施行されました。
フランスではもともと年間約10万頭にも登る犬や猫の遺棄が横行しており、動物福祉の向上を目指して2021年に法案が可決されたものがついに施工されたという流れです。
この改革は、現地の動物保護団体などでも「画期的な措置」「動物福祉にとって大きな進歩」と称賛されています。
施行から日が浅いこともあり現時点での成果などは不明ですが、今後の進展から目の離せない事例です。
さらに、フランスではつぎの規制も目前に控えています。
- 2026年 イルカショーの禁止
- 2028年 サーカスでの動物の飼育の禁止
子犬・子猫の販売を禁止したイギリスの事例
イギリスでは、2020年4月、劣悪な環境で動物を大量に繁殖させるパピーファーム(パピーミル)の撲滅を目指し、生後6か月未満の子犬・子猫の第三者(ペットショップなど)による販売を禁止した通称「ルーシー法」 が施行されました。
法律の通称にもなっている「ルーシー」は、2013年にウェールズの劣悪なパピーファームから救出されたキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの「ルーシー」の名前から。
https://en.wikipedia.org/wiki/Lucy%27s_Lawhttps://en.wikipedia.org/wiki/Lucy%27s_Law
残念ながら、日本以外の国で保護頭数や殺処分数(死亡数)のデータが全国的かつ正確に管理されている例はまれなため、比較的長期のデータがまとまっていたイギリス最大の犬の保護団体「Dogs Trust(ドッグズ・トラスト)」 のデータをご紹介します。
Dogs Trustによる犬の保護頭数(2015 - 2023)
年 | 保護頭数(頭) |
---|---|
2015 | 15,196 |
2016 | 15,343 |
2017 | 15,446 |
2018 | 15,015 |
2019 | 14,301 |
2020 | 10,416 |
2021 | 10,864 |
2022 | 12,546 |
2023 | 13,374 |
https://en.wikipedia.org/wiki/Dogs_Trust https://www.dogstrust.org.uk/about-us/accounts-annual-reviewshttps://en.wikipedia.org/wiki/Dogs_Trust
https://www.dogstrust.org.uk/about-us/accounts-annual-reviews
Dogs Trustのデータでは、ルーシー法が施行された2020年に保護頭数を3割ほど大きく減少させているものの、その後現在に向かって数値は戻りつつあるようです。
一点、この数値はあくまで保護頭数であって遺棄数ではないことにご注意ください。
また、みなさまもご存知のとおり2019年から2023年は世界中で未曾有の疫病「コロナウイルス」が猛威を振るってもいました。
パンデミックによるロックダウンなど、多くの経済活動が制限され、国によっては失業率の大幅な増加も叫ばれる極めて特殊な状況下にありました。
その渦中での統計のため、Dogs Trustの活動内容をはじめ、多くの飼い主の方の行動も平時とは言い難いものであった可能性に留意してください。
保護動物の販売以外を禁止したアメリカ・カリフォルニア州の事例
2019年、アメリカ合衆国カリフォルニア州では、州内のすべてのペットショップで「保護施設・保護団体で保護された動物」以外の販売を禁止する法律が施行されました。
この法律は先述のイギリスと同様にパピーミルを撲滅し、保護動物の譲渡促進を目的としたもの。
こちらもカリフォルニア州全体でのまとまったデータが見つけられなかったため、同州サンマテオの保護団体「Peninsula Humane Society & SPCA(PHS/SPCA)」 の殺処分数のデータを見ていきましょう。
Peninsula Humane Society & SPCA(PHS/SPCA)による犬・猫の殺処分数(2015 - 2024)
年 | 犬の殺処分数(匹) | 猫の殺処分数(匹) | 合計殺処分数(匹) |
---|---|---|---|
2015 | 344 | 502 | 846 |
2016 | 287 | 405 | 692 |
2017 | 243 | 387 | 630 |
2018 | 179 | 274 | 453 |
2019 | 186 | 332 | 518 |
2020 | 139 | 312 | 451 |
2021 | 111 | 263 | 374 |
2022 | 160 | 314 | 474 |
2023 | 248 | 474 | 722 |
2024 | 242 | 467 | 709 |
こちらのグラフでも、2018年から2021年に向けて減少は見られるものの、現在に向かって徐々に数値は戻りつつある傾向が見られます。
カリフォルニア州が目指したニューメキシコ州アルバカーキの姿
2006年、ニューメキシコ州アルバカーキでは、同じくパピーミルの撲滅を目指し「HEART条例(Humane and Ethical Animal Rules and Treatment)」というものが施行されました。
この条約により、アルバカーキにおける保護施設での殺処分件数は約35%減少したとして、ペットショップの生体販売規制の成功事例として今なお引用されています。
しかし、HEART条例はペットショップの生体販売規制のみではなく、つぎのような規制も含んでいます。
- 不妊・去勢の義務化と許可制度
- 生後6ヶ月以上の犬と生後5ヶ月以上の猫に対し、不妊・去勢手術を義務化
- 未去勢・未避妊の動物の飼い主は、年間150ドルの特別な許可が必要
- すべてのペットのマイクロチップの義務化
- 生後3ヶ月以上のすべてのペットにマイクロチップの装着と登録を義務化
- 多頭飼育の制限
- 一般家庭で飼育できるペットの頭数を合計6匹まで(うち犬は4匹まで)に制限
- 排泄物処理の義務化
- 公共の場所や飼い主以外の私有地でのペットの排泄物の即時処理を飼い主に義務
- 動物虐待の厳罰化
- 州法とあわせて市民からの通報制度の整備
- 鎖繋ぎの制限
- 1日1時間以上の鎖繋ぎ(リードの使用)を禁止
これは現在の日本と比べても厳格なもので、2006年時点でこれらが一斉に施行されたことを考えると「改革」と呼んで差し支えないでしょう。
ニューメキシコ州アルバカーキの功績は「ペットショップの生体販売規制」単体の成果というより、こうした先進的な取り組みと、それらを推し進めた強い意思によるものと言えるのではないでしょうか。
生体販売の規制は無意味? 「殺処分=雑種」の間違い
まれに「殺処分される犬猫たちはその多くが雑種であるため、ペットショップでの生体販売の規制には意味がない」という意見が見られます。
これについて注意したいのが、保健所に収容される多くの犬猫は「所有者不明である」という点です。
環境省が公開している2023年度の統計資料によると、飼い主からの引取による収容は全体の約3割で、残りの約7割は野良犬、野良猫の保護という形での収容です。
こうなった場合、保健所でDNA検査のようなことがなされることは極めて稀であるため、外見から確信を持てる一部のケースを除いて「雑種」として収容されます。
さらに、遺棄されてから繁殖してしまった2世代目以降が保護された場合も、多くは「雑種」ということになります。
もちろん、この点だけでペットショップの生体販売規制が有効と認めることはできませんが、同時に無効とも言えない点に留意してください。
ペットショップでの生体販売の規制で失われるもの
生体販売の規制が叫ばれる背景には、「命を売買の対象にしない」という社会全体の動物福祉への意識の高まりを感じます。
こうした価値観の変化は歓迎すべき一方で、ペットショップというひとつの業態を大きな括りで一律に規制してしまうことには慎重さも求められます。
ペットショップという場所には、三度の飯より動物が好きだという人も数多くいます。
そうした人たちが、これまで現場で飼い主を支え、動物たちの命を守ってきた側面もあるでしょう。
こうした「数値には表れづらい貢献」にも目を向けながら、「殺処分ゼロ」ではなく「動物たちの幸福の最大化」 を目指すことこそが、これからの動物福祉にとって必要なことではないでしょうか。
殺処分ゼロではなく動物たちの幸福の最大化へ
たしかに 「殺処分ゼロ」という目標は象徴的でわかりやすく、掲げやすい理想です。
しかし、動物福祉とはただ死なせないことだけを指す概念ではないはずです。
どこで命と出会い、どう責任をもって育て、社会としてどう支えるか。
この循環が多様で持続可能であることこそが、長期的な動物福祉を支えるうえで大切な視点だと考えます。
ペトラでは、今後もこのような問題に継続的に向き合っていきます。
殺処分だけでなく、動物福祉のために取り組むべき課題は山積しており、それらを発信することには「正しい・間違い」以上の価値があると信じているからです。
まだまだ至らぬ点も多いかと思いますが、もしお気づきのことがあれば、ぜひ率直なご意見をお寄せください。
微力でも、すべての動物たちにとってよりよい社会を目指すメディアとしてでありたいと願っています。
- 2025.06.30
- 2025.06.29